AI行政コンパス / SUMIDA WARD
SUMIDA WARD REPORT

墨田区における人事行政と総合的人事戦略に関する包括的分析

2026年08月13日
読了目安: 約10分

1. 序論

地方自治体を取り巻くマクロ環境は、少子高齢化に伴う労働生産人口の減少、行政ニーズの高度化・多様化、さらには労働市場における就労観の劇的な変容により、かつてない構造的な転換期を迎えている。特別区の一つである墨田区においても、持続可能で質の高い行政サービスを区民に提供し続けるためには、組織の根幹を成す「人材」の確実な確保と、その能力を最大限に引き出す育成環境の構築が最重要課題となっている。

同区では「墨田区人事行政の運営等の状況の公表に関する条例」に基づき、毎年12月に区職員の給与や人事行政全般の運営状況を透明性高く公表している。また、従来から行財政改革の一環として職員定数の見直しを進め、「墨田区行財政改革・行政情報化計画」に基づく適正な定数管理を実施してきた。しかしながら、近年の激化する人材獲得競争と若手・中堅職員の早期離職という現代的かつ深刻な課題に対応するため、従来の制度的枠組みだけでは不十分であることが認識されつつある。

こうした危機感を背景に、墨田区は令和6年度から令和10年度までの5年間を対象期間とする「墨田区総合的人事戦略(墨田区人材育成・確保基本方針)」を新たに策定し、組織風土の根本的な改革に乗り出している。本レポートは、墨田区が公表する人事行政の各種定量データと、それを取り巻く課題群、さらには課題解決に向けた総合的人事戦略の諸施策を俯瞰し、同区が直面する構造的課題、戦略的アプローチの全容、および人事・給与水準の実態について包括的かつ多角的な分析を行うものである。

2. 墨田区人事政策の歴史的変遷と現状の構造的課題

墨田区における人材育成の取り組みは、決して突発的なものではなく、長期的な視野に基づく変遷を経てきた。平成13年(2001年)1月に「墨田区人材育成基本方針」が初めて策定されて以降、数度の改定が重ねられてきた。しかし、令和6年度に策定された現在の「総合的人事戦略」は、単なる「育成」の枠組みを超え、「確保」「育成」「活躍」「維持」という人材サイクルの全容を統合した「人材活用のすみだモデル」へと昇華されている点において、過去の方針とは一線を画している。この抜本的な戦略転換の背景には、区が直面している複数の連鎖的な構造的課題が存在する。

第一の課題:人材獲得競争の激化と公務員志望者の枯渇

国家公務員および地方公務員の志望者は全国的に減少の一途を辿っており、特別区人事委員会が実施する採用選考においても、受験者数の減少が年々顕著となっている。その一方で、福祉、防災、まちづくり、そしてデジタル化の推進など、増え続ける行政需要に対応するため各区の採用予定数は増加しており、結果として合格倍率の大幅な低下を招いている。行政機関は現在、民間企業との間で激しい人材獲得競争の渦中にあり、「待っていれば優秀な人材が集まる」というかつての採用モデルは完全に機能不全に陥っていると評価できる。

第二の課題:若手・中堅層の早期離職とキャリア意識の急激な変容

人材確保の困難さに拍車をかけているのが、入庁後の早期離職の増加である。総務省の調査によれば、地方公務員(一般行政職30歳未満)の離職者数は平成25年度から令和4年度までの9年間で約3倍に急増しているが、墨田区においても全く同様の傾向が確認されている。令和5年度における30歳未満の退職者数は、わずか4年前の令和2年度と比較して3倍に達しており、若い世代の人材流出が深刻なレベルに達している。

職員のキャリア意識(アンケート結果)

40%以上

20代・30代職員のうち「いつかは必ず転職するつもりである」「機会や条件が合えば転職したいと考えている」と回答した割合

さらに、若手のみならず、組織の実務的な中核を担う係長級職員等の勧奨退職も年々増加しており、豊富な経験と知識を有する職員の喪失は、組織のパフォーマンス低下に直結している。就職の段階から将来的な転職を視野に入れる層が一定数存在することを前提とした上で、いかに組織内でのエンゲージメントを高め、離職を引き留めるか、あるいは前向きなキャリア形成を支援し区政に貢献させるかが問われている。

年齢別職員構成の分析

若手層の離職動向を踏まえ、区の年齢別職員構成を確認する。全体として、新規採用を通じた若手層の拡充と定年延長等によるシニア層の維持という両輪が見られる。

墨田区 年齢別職員構成(推計値)

※20代から40代にかけた中核層の維持・定着が今後の組織運営の鍵となる。

3. 労働環境の変容とワークライフバランスのジレンマ

早期離職の引き金ともなり得る就労環境の悪化も、顕著な課題として指摘されている。墨田区では「特定事業主行動計画」を策定し、職員のワークライフバランスを推進しているが、その実態と目標の間には依然として大きな乖離が存在する。

項目 目標値 令和4年度実績 令和5年度実績
一人当たり平均超過勤務時間 年48時間(月4時間)以下 年53.3時間 年60.1時間

令和5年度の実績値は目標を大幅に超過しており、前年度比でも12.8%の増加を示している。数値目標を達成できないばかりか、増加傾向に歯止めがかかっていない。限られた人員の中で高度化する業務を処理せざるを得ない現場の負荷増大が示唆されており、職員の心身の疲弊を防ぐための抜本的な超過勤務時間の縮減が喫緊の課題となっている。

制度利用の進展と代替要員問題

一方で、ワークライフバランスの確保に向けた各種制度の利用は着実に進展している。育児休業取得者は平成23年度の51名から令和5年度には118名へと2倍以上に増加。特に男性職員の取得者がゼロから26名へ増加し、復職後の部分休業利用者も26名から63名に増加している。有給休暇に関しても、令和5年の平均取得日数は20.6日、令和6年度は20.2日と、極めて高い取得水準を維持している。

しかしながら、これら休業や時短勤務者の増加は、現場における「代替職員の確保」という極めて現実的なジレンマを突きつけている。十分な代替要員が補充されないまま制度利用者のみが増加すれば、残された職員への業務のしわ寄せが必然的に発生し、それが前述の超過勤務の増加やメンタルヘルス不調を引き起こす負の連鎖を生む危険性を孕んでいる。

4. 定量データから読み解く墨田区の人事・給与構造

4.1 職員数の推移と部門別配置の最適化

令和7年4月1日現在の墨田区の一般職職員数(常勤計)は1,938人であり、前年度当初と比較して14人の純増となっている。行財政改革に基づく定数管理を行いつつも、必要な分野への投資を行っている。

部門(区分) 職員数(令和7年4月) 増減(前年比) 主な増減理由
一般行政・総務408人16人増業務DX化、国勢調査体制強化、芸術祭準備
一般行政・税務76人4人増不足額給付対応
一般行政・民生698人9人減職員育休代替確保による増、業務委託による減
一般行政・衛生245人10人減組織改正、技能系職員の退職不補充
一般行政・土木226人6人増公益法人への派遣増、技能系職員退職不補充
特別行政・教育118人4人増教育センター開設

4.2 役職別・男女別構成の構造的課題

役職区分 男性職員数 女性職員数 合計 女性割合
部長級26人0人26人0.0%
課長級52人16人68人23.5%
係長級297人161人458人35.2%
主任級298人403人701人57.5%
係員250人435人685人63.5%

主任級以下では女性が過半数を占める一方で、係長級以上では男性が優位となり、部長級に至っては女性職員が0人である。この構造的課題は、女性の活躍推進における目標未達成と直結している。

4.3 任免、退職動向と給与水準

令和6年度の退職者(計124人)のうち、普通退職が57人と最多を占めている。この普通退職の割合の高さは、若手・中堅層の自己都合離職傾向を強く反映した結果である。給与水準については、令和7年4月1日現在の一般行政職の平均給料月額は315,741円、諸手当を含めた平均給与月額は430,385円(平均年齢40.5歳)となっている。

人事評価制度も機能しており、令和6年度の評価において「特に良好」または「極めて良好」とされ、上位の昇給号数が適用された職員は全体の44.5%に達している。

5. 新たな組織パラダイム「墨田区総合的人事戦略」の全容

本戦略は、単なる欠員補充や制度のマイナーチェンジにとどまらず、将来にわたり持続的かつ質の高い行政サービスを提供できる体制を構築するための「人材活用のすみだモデル」を提唱している。

目指すべき職員像

「自ら挑戦し続け、仲間とともにすみだの未来を創る職員」

「3つのC」と「5つのワーク」の提唱

従来の行動規範「3C(Check、Change、Challenge)」を継承しつつ、新たなパラダイム「5つのワーク」が導入された。

  • 1. FootWork(フットワーク)

    現場主義を貫き迅速かつ柔軟に行動する力。

  • 2. HeadWork(ヘッドワーク)

    課題を論理的かつ包括的な視点で思考し、専門性を高める力。

  • 3. TeamWork(チームワーク)

    チームプレイヤーとして組織運営に貢献し後進を育成する力。

  • 4. NetWork(ネットワーク)

    庁内の枠を超えて区民や民間事業者等との公民学連携を推進する力。

  • 5. Well-being Work(ウェルビーイング ワーク)

    職員一人ひとりの心身および社会的な健康の確保を組織の公式な行動規範として位置づけ。

6. 戦略的アプローチの4つの柱と具体的施策

柱1. 人材確保:戦略的プロモーションと採用チャネルの多角化

能動的かつ戦略的なアプローチへの転換。7職種を対象とした「採用PR動画」の配信や、人材確保が困難な土木職・建築職に特化した単独採用説明会の開催。インターンシップの対象拡大(大学3年生だけでなく全学年・短大・専門学生)、さらには「カムバック採用制度」の導入検討などが進められている。

柱2. 人材育成:キャリアパスの明示と期待ギャップの解消

「役所人生の地図・コンパス」の提供。人事異動時に各部署の困難さやマイナス面も可視化する「セクションプロフィールシート」を導入。新規採用後の10年間を「キャリア・アドバンス期間」とし、少なくとも3つの異なる部署を経験させる。また、階層別の体系的な研修プログラムが提供されている。

柱3・4. 働き方改革と職場環境の整備

柔軟な働き方の選択肢提供と、ウェルビーイングの土台となる環境整備。法定外福利厚生の充実や、現場職員に対する被服等の貸与などが継続的に実施されている。

7. 組織風土の改革:ダイバーシティ推進とハラスメント対策

女性の活躍推進と管理職登用への構造的障壁

管理職女性割合の目標値「22%程度」に対し、実績は「14.3%」と未達成。一方、係長職は「40%程度」の目標に対し「39.4%」と肉薄。長時間勤務や家庭との両立の困難さが昇任を躊躇させる要因となっており、ワークライフバランスの抜本的改善が必須である。

男性職員の育児休業取得の実態

男性の育児休業取得率

77.8%

目標(30%程度)を大きくクリア

30日以上の長期取得割合

8.6%

目標(100%)に対して絶望的に乖離

制度利用は定着しつつあるが、短期間の取得に留まっている。代替要員の不足による職場への罪悪感が背景にあり、実質的な育児参画に向けた強力な支援体制が求められる。

カスハラおよびモラハラへの防波堤

「複数人での対応」の原則化や「通話録音システム」の導入検討など、カスハラ対策を強化。「職員のモラル・ハラスメントの防止に関する要綱」を制定し、令和7年度からは「総務課デジタル規制改革・コンプライアンス推進担当」というハラスメント対策を所管する組織が新設される。

8. 総括

墨田区が公表する人事行政の各種データと「墨田区総合的人事戦略」を分析した結果、同区の人事マネジメントは歴史的な転換点を迎えている。有給休暇の高い取得率など良好な指標が存在する一方で、超過勤務の増加、若手職員の離職急増、30日以上の長期育休取得の低迷、女性管理職登用の遅れといった構造的な課題が重層的に存在している。

これに対し、墨田区が打ち出した「人材活用のすみだモデル」は、行政組織における旧来の「管理と統制」から、「エンゲージメントとウェルビーイング」への舵切りを意味している。「5つのワーク」にウェルビーイングを組み込んだことは極めて先進的である。今後は、育休代替要員の確保やカスハラ対策を通じた実効性ある「残存職員への負荷軽減」を達成できるかが、墨田区の持続可能な行政運営の鍵となる。

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