AI行政コンパス / OTA WARD
OTA WARD REPORT

大田区人事行政と人的資本経営の深層 採用難・若手流出への対抗と「One Team Action」

2026年08月13日
読了目安: 約25分

1. 採用倍率の歴史的低下と「普通退職者」の急増

大田区の人事行政において現在最も深刻な課題となっているのが、新規採用における競争率の著しい低下と、若手・中堅層を中心とする「普通退職者」の急増である。特別区Ⅰ類(大学卒程度)の倍率は、平成26年頃の約8.0倍から、令和5年度・6年度には2.3倍へと急落している。

実施年度 特別区Ⅰ類事務(大卒程度) 特別区Ⅲ類(高卒程度) 経験者採用(1級職)
平成26年頃 約8.0倍 - -
令和6年度 約2.3倍 3.1倍 2.5倍

採用難に拍車をかけるように、大田区の「普通退職者(自己都合退職)」は令和6年度に102人に上り、過去5年間で約2.4倍に急増している。転職やキャリアチェンジによる若手・中堅層の流出は、技術・ナレッジの継承を分断し、残された職員への業務負荷をさらに増大させている。

大田区 職員の年齢別構成比(推計値)

※採用拡大による若手の増加と、自己都合退職による流出、そして団塊世代の退職波を反映した推計

2. 構造改革:初任給の約18%引き上げと手当の拡充

人材獲得と定着を促進するための戦略的投資として、給与水準の大幅な見直しが実行されている。令和6年度の人事委員会勧告に基づき、初任給および若年層に重点を置いた給料表の改定が実施された。

初任給の歴史的引き上げ(Ⅰ類・大学卒程度)

令和6年4月
196,200円
令和7年4月
232,000円 +18%

特別給(ボーナス)も年間4.85月分へと増額された。これに加え、特別区特有の「地域手当(20%)」が加算されるため、実際の初任給はさらに高水準となり、民間企業との採用競争力を担保している。

また、区民生活を支える現場労働への手厚い処遇として、清掃業務手当(日額700円)が清掃職員の91.5%に支給されているなど、特殊勤務手当も詳細に運用されている。

3. 人的資本経営の推進:「One Team Action」

組織の空洞化リスクに対抗するため、大田区は新たに「大田区人材育成・確保基本方針~One Team Action~」を策定した。人材を管理する対象から「資本」として捉える人的資本経営のパラダイムシフトである。

  • 求められる行動指針: 「区民目線とプロフェッショナリズム」「チームワークと相互支援」「経営感覚と改革意欲」を掲げている。
  • 自律的な学びの支援: 特別区職員研修所の共同研修に加え、特定の分野に深く関わる専門職員を育成する「複線型人事管理制度」の導入検討が進められている。

4. ワーク・ライフ・マネジメント:男性育休73.3%への進化

大田区は「ワーク・ライフ・バランス」から一歩踏み込んだ「ワーク・ライフ・マネジメントプラン」を策定し、全ての職員が能力を発揮できる環境作りを進めている。

特筆すべきは、男性職員の育児休業取得率の劇的な上昇である。数年前まで19.7%であった取得率が、直近のデータでは73.3%へと飛躍的に向上しており、目標の85%達成に向けた組織風土の変革が着実に進んでいる。また、テレワーク(週2日)や時差出勤制度(9パターン)の導入、不妊治療のための「出生サポート休暇」、小学校就学後の「子育て部分休暇」など、柔軟な働き方のインフラが極めて緻密に拡充されている。

5. メンタルヘルスとカスハラ対策の最前線

休職者の75%がメンタル不全

制度面での柔軟化が進む一方で、令和6年度の病気休職者の約75%(86人)が「メンタル不全」を理由としている現実は重い。普通退職者の急増と併せ、慢性的な人員不足や複雑化する区民対応による心理的負荷が限界に達している層が存在する。

カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の本格化

メンタル不全の大きな要因である区民等からの過剰な要求・暴言に対し、大田区は「大田区職員に対するカスタマーハラスメントの防止に関する基本方針」を新たに策定した。カスハラを明確に定義し、「組織として容認せず、毅然とした態度で臨む」という基本姿勢を宣言したことは、職員を守る極めて重要な防波堤となる。

6. 結論:次世代自治体経営に向けた大田区の挑戦

大田区は、組織流出の危機に対して、初任給の18%引き上げ、男性育休73.3%の達成、カスハラ防止方針の策定など、極めて先進的かつ実効性の高い「変革」で立ち向かっている。今後の展望は以下の点に集約される。

  • エンゲージメントの高い職場構築: 「One Team Action」をスローガンに終わらせず、日々の業務プロセスや組織風土の末端にまで浸透させ、心理的安全性を確保する。
  • 多様性とプロフェッショナリズムの両立: ジョブローテーションと複線型人事管理を融合させ、専門性と経営感覚を併せ持つ次世代人材を育成する。
  • 人的資本投資の持続可能性: 人件費の上昇(人件費率12.7%)と財政のバランスを図りつつ、メリハリのある人事評価制度(拠出再配分制度など)を効果的に運用する。

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